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アウトプット質か量かという議論・「継続力」という勘違い

ブロガーをやっていると「アウトプット」という言葉をよく耳にする。平たく言えば、自分の頭の中からどれだけ記事をひねり出せるか、それをアウトプットと言うらしい。

「アウトプットの質と量、どちらを優先すべきか?」という議論は、ブロガー界隈でも度々あがるテーマだ。そして、大抵のブログコンサルが口を揃えて言う。「どちらも必要」これは、答えになっていない。間違いなくリソースには限りがあるからだ。

アウトプットが正義

とあるTwitterコンサルは、次のように言う。「情報を発信し続けよう。一日、30~50ツイートは発信しよう」と。

一日に30~50のツイートをするとなると、必然的に内容は薄くなる。これを「発信力」と言うべきかどうかは分からないが、Tiwtterでは、薄っぺらな人生の教訓や格言などが大量に流れてくる。どこかの誰かがアウトプットし続けているのだ。

例えば、それが数日に一回なら素晴らしいツイートなのかもしれないが、どこかのヘビーアウトプッターたちが入れ替わりながら、一日に何度も言葉を変えて似たようなことをツイートし続ける。段々とアレルギー反応が出てくる。

ある時、タイムラインに某インフルエンサーのツイートが流れてきた。内容は確か「アウトプットで重要な5つのポイント」のような書き出しだったと思う。僕は、その5つのポイントを読んで思った。

「結局、毎日、コツコツ発信しろってことだろ」

5つのボイントとあるが、言葉を変えて同じことを5通りの言い方に言い直しているだけだった。そして、そんなに内容のある話でもない。しかも、このツイートに信者たちが数百のいいねをつけていた。異様な世界だ。

アウトプットの度が過ぎると、言葉の質 ( 価値 ) は下がっていく。確実に。

そして、その大量の劣化版コピーツイートによってタイムラインが汚染され、本当に価値のある情報が押し流されてしまう。それが、ユーザーから貴重な時間を奪う。本来は、価値のある情報を得るために使われるはずだった時間を。

アウトプットとは、本当に正義なのだろうか?

「継続力」という神話

「継続は力なり」ということもよく聞かれる。つまり、アウトプットを諦めずに継続し続ければ、いつか成果に結びつくという主張だ。

しかし、一方ではこんな意見も聞かれる。「同じことを繰り返していては成長出来ない」つまり、間違った方法を繰り返していては、成果は出ないという主張だ。PDCAを回すことで成果に結びつける。

僕が引っかかっているのは、ここだ。

例えば、誰かが思うような反応が得られず途中で諦めて、アウトプットをやめてしまったとしよう。多分、皆が言うだろう。「君が成果を出せないのは、継続力が足りないからだ」

しかし、実際、彼は諦めたわけではなく、別の方法を試すために、現時点で成果の出ていないやり方をやめただけなのだ。つまり、一見、諦めたように見えるその過程もPDCAサイクルの一つだと考えればどうだろう。

彼にとって、最終目標は Twitterのフォロワーを増やすことではなく、仕事のための人脈を作ることならば、別にFacebookでもLinkedinであってもよいわけだ。

つまり、継続力がどうこうという議論は、まず、最終目標が何かをはっきりさせておかなければ、意味の無い議論だ。

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