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山口達也氏の事件を受け、TOKIO会見、契約解除までを見て思ったこと

2018年5月2日午後2時、TOKIOメンバー山口達也氏の未成年女性への強制わいせつ事件を受けて他4人が記者会見を開いた。

今回の騒動の経緯や状況説明は他のブログに任せるとして、ここでは、これまでの流れを見た僕の個人的な感想を述べようと思う。

こんなTOKIOは見たくなかった

(5月2日、会見直後)

個人的に感じたのは、TOKIOの会見を見ていて、もしかするとスマップ解散時よりダメージは大きいかもしれない。

もう、冒頭から「こんなTOKIO見たくない」という視線で記者会見をずっと眺めていた。真面目な顔で頭を下げている4人を見てしまうと、今後、TOKIOの番組を見て笑えなくなってしまいそうだ。

いや、案外、数か月もすれば世間は、山口氏の存在しないTOKIOを今までもそうであったかのように普通に受け入れてしまっているのかもしれない。人は、忘れる生き物だ。

僕は、TOKIOのファンというわけではないので、この騒動をあまり深刻に受け止めてない。もしかすると、数か月後、世間と同じように違和感無く、4人のTOKIOを受け入れてしまっている可能性もある。

ファンにとっては今回の騒動は「裏切り」なのかもしれないが、僕は裏切られたとは感じない。逆説的だが、TOKIOに対する世間の無関心さが彼らを救うのかもしれない。山口氏のテレビでの復帰は、多分、絶望的だろう。

山口氏の一言による波紋

「 もし、戻れる席があるなら ・・」

批判の的となった山口達也氏の単独会見時に言ったセリフについて、この会見の席で、各メンバーもそのことについて言及していた。これは「彼の甘え」だと。

このセリフに世間がそんなに反応するとは思わなかったのか、相当の動揺を隠せないと言った感じだ。むしろ僕は、このセリフに世間が過剰に反応していることに違和感を感じていた。

単独会見時の山口達也氏からこのセリフが出たときに、僕は、単に「そりゃ、戻りたいだろうね」と普通に受け取ったのだが、世間はそういう受け止め方をしなかったようだ。

彼らの批判は「被害者女性のことよりも自分の保身のことしか考えていない」といった山口氏のエゴに対して向けられたものだったが、あの時点で被害者女性への謝罪と話し合いは当事者同士ですでに行われていた。

その上でメディアに向けて場を設け、世間一般に向けたコメントをするというのが単独会見の目的だったと考えれば、TOKIOの今後の活動への影響や、自身の芸能活動停止に対するファンへの謝罪が、質疑応答の中心になるはずだ。そういった場所で「被害者女性にひたすら謝り続けろ」と世間は要求しているわけである。

もし、彼らの意向通り、山口氏がテレビの前で被害者女性に謝り続けていたら、僕なら「頭を下げる相手が違うだろう」と思ってしまうのだが・・

あの単独会見は、経緯の説明、彼の身の振り方とファンへの謝罪をする場所であって被害者に謝罪する場所ではない、ということを山口氏の一言を批判する人たちは理解していないのだ。

不自然なギャップ

そもそも、この騒動がこれほど大きくなるとは思ってなかった。

近頃、文春砲とか不倫報道とか、テレビ報道やネットの過剰反応で世間が、何かにつけて感情的になりやすくなっているように感じる。

今回の騒動に関しても、ネットではアクセス稼ぎのためのトレンドアフリエイターたちが波に乗り遅れまいと憶測だけの噂話のまとめサイトを乱立し、フェイクニュースによって騒動を煽り立てる中で、何が本当の情報なのか分からなかったし、今ですら事件の全容は分からないままだ。

だから、事態がどれぐらい深刻ということも分からないのは当然だ。

そんなわけで今回のTOKIOの会見を見て、正直、重いと感じてしまった。

ワイドショーのコメンテーターは、感情的になっている世間からクレームが殺到しないように間違っても、被害者女性を軽んじるような発言をしない。だから、確実に被害者擁護の立場を取る。

ただ、擁護するにもワイドショーに出来ることは、罪の重さをやたら強調することと加害者を批判するしかないわけだ。そして、ワイドショーに反応したSNSによる拡散。それが、事の重大性をより「盛る」ことになる。

ここに、ワイドショーの世間体を守る姿勢とSNSの相乗効果によって、結局、事態を大きくしてしまっている構造がある。

僕の感じたギャップもそこにある。

「あれ、いつから、そんな、大事になってるの? 」というのが正直な感想だ。

TOKIOの浸透力

今回の会見は、先に行われた山口氏の単独会見の余波が予想以上に大きくなってしまった事態を収拾させるためのようにも見える。

報道を大袈裟に感じたという僕の意見に「被害者女性のことを軽んじている」 と誰かが言うかもしれない。しかし、事件の全容を把握しているのは山口氏本人と、被害に遭われた女性、それから一部の関係者しかいない。

今回の一件がどれぐらいのことなのか、それ以外の人が分かるはずもなく、僕も含めて罪の重さを判定することは出来ないはずだ。

被害者側が被害届を取り下げ、当事者同士の話合いによって解決していくと決めたのなら、それが事実だし、それ以上世間がどうこう口を出すことではない。

とりあえず、TOKIOは解散しないということだけは、分かったので、それは、純粋に良かったと思う。ファンでなくとも、なぜかホッとしているというのは、TOKIOというグループが僕たち一般庶民にそれだけ浸透していたということだろうか。

会見後の世間の反応

(追記、5月3日、会見の翌日)

会見の翌日、報道番組でTOKIOの復活を願う声が紹介されていた。「TOKIOはやっぱり5人じゃないとダメだ」というような街の声が流れていた。TwitterでもTOKIOを応援するコメントが多く寄せられていると言う。

街の人は会見時の4人の深刻な表情と、聞かれたことは洗いざらい全て話すという誠実な態度にある意味、同情をしてしまったのかもしれない、メンバー4人が真面目に謝罪している姿は、やはり気の毒に映る。

被害者女性が会見を開くわけにもいかないし、顔も分からない。被害の程度も明確ではない。どうしたって世間の反応は、TOKIOよりになるのも理解できる。

会見を見ていて、山口氏の復帰など考えられない。とにかく今は被害者女性に対する謝罪を最優先にという雰囲気だったが、次の日、TOKIOに傾いた世間の反応を汲み取ってか、報道番組がもう山口氏の復帰の時期について語っていた。

・・・この切り替えの早さ。

こうなると何が妥当なのかが分からなくなっている。会見前は、山口氏の復帰は限りなく無いと思っていたが、案外、来年とか・・ありえるかもしれないとも思い始めている。

一体、何が、本当なんだか・・

ジャニーズ契約解除へ

(追記、5月6日、契約解除発表後)

5月6日、山口氏のジャニーズ事務所との契約が解除されたことが発表された。

契約解除と言いながらも、「脱退」という言葉が使われなかったことに何か意味深なものを感じる。

事務所との契約解除ということになれば、当然、TOKIOというグループはジャニーズのものだから同時に脱退を意味することになるのだろうが、あえて「脱退」という言葉を使わなかったところが、残されたメンバーの意向を感じさせる。

もしくは、あくまでビジネス的な意味での契約解除という事務所の意向なのか。いずれにしても、世間の批判を一度、リセットするという意味では必要な措置だったのだろう。

スマップは解散したが、僕はスマップ5人がどういった形か分からないが、いつか同じ画面に映るときが再び来るような気がしている。

TOKIOの会見でも言っていたメンバーが辞表を受理出来なかったという事実は「甘さ」と捉えることも出来るが、TOKIOの絆の深さと捉えることも出来る。

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